ふと誰かの気配を感じたような気がして、セイは振り返った。
でも今ここにいるのは、自分と土方だけのはずだ。
誰もいないことを確かめると、セイは土方に気づかれぬよう小さく吐息をもらした。
だがそんなセイを土方は見逃さなかった。
「誰もいねえよ」
そう言ってセイの背後から手を伸ばし、顎をとらえる。
「二人でいるとき、お前はいつも……誰かに見られやしないか怯えているな?」
「そんなことは……」
視線を彷徨わせながら、セイは唇をかんだ。
くすりと土方が笑いを漏らす。
「不安なんだろう?……あいつに知られやしないか」
その言葉にカッとなったセイは土方を睨みつけた。
視線が、ぶつかる。
ああ、この目だ。
この目が見たかった。と、土方は思った。
土方はセイの瞳が好きだった。
それはもういつからだったか、よくわからない。
そして自分を、その瞳にうつして欲しいと思うようになったのも。
もう、いつからだったか――――――。
セイが総司を見ていたのは知っていた。
いや、総司しか見ていないことをだろうか。
だがただ側にいようとするだけで、気持ちを伝えないセイに問うたことがあった。
それでいいのか、と。するとセイは言った。
女子として総司に想いを告げることはないと。自分は武士として一生を遂げるつもりだと。
寂しげな目でそう語ったセイは、儚げに見えた。
瞬間的に『欲しい』と思った。目の前にいる女子が。
そのときほど女子が欲しいと思ったことはなかった。
そしてその衝動のまま、力づくでセイを自分のものにした。
それからいくつもの逢瀬を重ねた。もちろん、男と女としてのだ。
セイは拒絶するわけでもなく、ただ黙ってそれに応じていた。
そんなあまりに従順なセイに、ふと意地悪をしたくなったのだった。
「そんなに嫌か?あいつに……」
「お約束を破る気ですか?」
土方の言葉を遮りながら、セイはさらに睨みつけた。
すると土方はほんの少し肩をすくめる仕草をして、セイの身体を引き寄せ、腕の中に抱きこんだ。 自分から仕掛けたくせに、これ以上の問答はやめようという意味なのだろう。
セイはふうっと大きく息を吐いた。もっと何かいうべきだ、と思う。恨み言の一つでも。
でも、自分に意地悪をいった男の腕の中は、暖かく心地よくて。
このまま何もかも任せて、頼ってしまいたいような気分にさえ、なる。
無理やり自分を奪った男を憎んでいいはずなのに、何故か。
否。 憎いのは、この男(ひと)ではない。この男(ひと)が憎いわけじゃない。
憎いのは。許せないのは。
自分自身だった。
心は総司を求めながら、その身を他の男に委ねる愚かしい自分。
それも、保身のために。
セイが土方に女子としての自分を求められて、素直に応じる理由はただひとつ。
取引があればこそだった。
総司が勝手に自分を隊から出そうとしても、絶対に認めないでほしいということ。
この関係を総司に知られないようにすること。
その二つを条件に、取引は成立された。
セイは、総司の一声で決まってしまう自分の不安定な立場を、確かなものにしたくてしょうがなかった。だから、自ら取引にもちこんだ。自分の条件をのんでくれるなら、いくらでも身体を与えよう、と。
側にいたかった。どんな手を使ってでも、彼の側にいたかった。
たとえ、振り向いてくれなくとも、一番近い場所にいられれば、それで。
それで、よかったはずなのに。
土方に抱かれるようになって、何かが変わり始めてしまった。
初めは、ただただ怖かった。
男に抱かれるのがどういうことか、否応なしに教えられて。
ただ震えながら、泣いた。でもそのうち知った。どれだけ土方が自分を優しく扱っているかを。
わかりたくなかったのに、わかってしまった。
それからだ。自分を好きなように組み敷く男が嫌なはずなのに、嫌いになれない。
むしろ。今では。自分は、この人を。
その時だった。
急に大きな風が吹き荒れ、周り一面、白くなるほどの桜吹雪が二人を包みこんでいく。
「……ッ……、桜に、埋もれちまいそうだな」
土方は目に入りそうになる花びらを腕で遮りながら、独り言のようにいった。
セイもそれにこたえるともなく、つぶやいた。
「……それも、いいかもしれませんね」
自分の過ちも、気持ちも、すべて包み隠してくれるのなら。
―終―

