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ふわりと意識が浮上して目を開けると、自分のではない腕が見えた。
それが自分の枕になっていたことに気づいて、腕の主の顔を振り返ると。
男がごく小さな寝息をたてて眠っていた。
普段にはおよそ見ることのない無防備な寝顔に、思わず微笑んだ。
女はそっと手を伸ばして、その顔に触れる。

「……歳三、さん……」

小さく、囁くようにその男の名前を口にした。
目覚める気配のない男の寝顔を眺めながら、女は昨夜の閨事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

『名前を……?』
『そうだ。こんな時まで副長と呼ぶことはねぇだろ?』
『あ……っ』

ふいに乳房を撫で上げられて、思わず声が出てしまった。

『ふ、副長……ッ!』

やっぱりそう呼んでしまう女に、土方は苦笑した。

『お前、俺の名前知ってるよな?』
『あ、当たり前ですよ!』
『じゃあ、言ってみろ』

さも面白そうな顔をして自分に覆い被さる土方が少し憎らしかった。
簡単に言うことを聞いてしまうのはなんだか悔しい。
そう思った女は、きゅっと口を結びそっぽを向いた。
その子供のような仕草に、土方は肩を揺らして笑った。

『なんですか……?』

くだらぬ意地をはるお前の様子がたまらなく可愛い。
そう言ったら間違いなくこいつは怒るだろうと土方は思う。
答えない土方を女は不満げに見つめた。
それを誤魔化すように、土方は女の額に口づけながら逆に問いかけた。

『どうして呼べない?』
『だって……副長は……副長でしょう……』
『それは俺の名前じゃねえだろう』
『名前など、そんなにこだわらなくてもいいじゃないですか』

神谷清三郎と富永セイの二つ名をもつ女子はそう言った。
セイはこの男に本当の名で呼ばれるのが、好きではなかった。
武士であろうとする自分がそれをよしとしないのだ。
‘セイ’と呼ばれると、女子であることをたまらなく自覚する。
男に抱かれながらその名を囁かれると、悦びに震える自分がどこかにいるのだ。
セイはそんなあさましい自分を思い、瞳を曇らせた。
だが土方はどうしてもセイに名前で呼んで欲しかった。
仕事を離れ、ようやく手に入れた休息の時間にも役職名で呼ばれては良い気分も台無しだ。
普段、他の隊士と同様の呼び方なのは仕方がない。
それは解る、が。二人きりになった時くらいは。
愛しい者から、ちゃんと個人の名前で呼んで欲しかった。
そんな土方の気持ちを知らないセイは拒み続けた。
気恥ずかしさから、どうしても呼ぶことが出来なかったのだ。
そのうち土方はある手段を思いついた。
その時の土方の表情を見て感じたセイの嫌な予感は的中した。

『……言いたくなるようにさせてやるよ』
『え?……あ、ぃや……っ』

 

 

名前を呼べ、とさんざん責められた。
その時の行為を思い出すと自然と顔が赤くなってしまう。

「鬼副長だよ、やっぱり……」

ため息とともに、少し怒ったように呟いた。
するとそれが合図だったかのように、土方の目が開いた。
セイはぎくりとして慌てて手を引こうとしたが、土方に捕らえられてしまった。

「……違うだろ」

掴んだセイの手を口元に引き寄せ、唇をあてた。
その柔らかな感触にセイは肩をすくめる。

「なにが……ですか……」
「呼び名だ」
「……もう、いいじゃないですか」

呆れたように口を尖らすと、土方はにやりと笑った。

「じゃあ、こっちの口に聞いた方がいいか?」

土方は片手でセイの内腿を撫でると、身体の中心に向かって這わせた。
セイはびくんっと身体を震わせ、慌ててその手を止めにかかった。
けれどどうやっても動きを止めない土方に、セイは思いあまって叫んだ。

「あっ、やっ、やめ……っ~~~~~~~と、歳三さんっっ!」
「なんだ、もう言っちまったか。つまらんな」

名前を呼んだ瞬間、あっさりひいた手にセイはほっとした。

「なに考えてるんですかっ、もう!」
「何って、お前のことしか考えてねえよ」
「……んっ」

顔を真っ赤にして怒ろうとするセイの口を、封じ込めるように塞いだ。
宥めるかのように優しく口腔を探られて、セイはその口づけに酔った。
いつしか両手を土方の背にまわし、自分でも求めていた。
素直な反応を見せるセイが愛しくてしょうがない。
強情なところもあるが、それもまた魅力的だった。
嫌がってなかなか名前を呼ぼうとしてくれなかったが。
限界まで追いつめて、もう降参だというように震えながら自分の名前を呼ぶ様は甘美なものだった。

「セイ……」
「ふくちょ、う……」

言った後で、元の呼び方に戻ってしまっていることにセイははっとした。
ばつが悪そうなセイに、土方は苦笑した。

「しょうがねぇな」
「ごめんなさい……」
「気にしなくていい。それよりもう少し休め」

セイはほっとしたようにこくりと頷いて、身体を土方にすり寄せ目を閉じた。
実を言えばまだ休んでいたかったのだ。
すぐに聞こえてきた寝息に、土方は少し無理をさせたな、と思った。
それでも、あの甘美な一瞬を思うとまた名前を呼ばせたくてしかたない。
そんな衝動をおさえながら、土方もまた目を閉じ眠りに落ちた。

 

 

 

―終―